浅田屋の始祖 初代浅田屋伊兵衛は萬治二年(1659年)加賀藩五代目藩主前田綱紀卿より中荷物御用を命ぜられます。これが浅田屋「江戸三度」の創始です。江戸三度とは、月に三度江戸と金澤間を往復する加賀藩御用飛脚のことで、その後約二百年間、浅田屋は代々江戸三度を勤続いたしました。
明治維新を翌年に控えた慶應三年(1867年)、浅田庄平は江戸三度の免許を加賀藩に返上。加賀藩御用飛脚の棟取として永年培った体験を基に、旅人宿「浅田屋」を金澤市十間町で開業します。
昭和四十六年(1971年)、当時の主人浅田勝次は東京赤坂に加賀料理店「赤坂浅田」を開業。この赤坂店が青山店(1993年)、名古屋店(2004年)を生み出し今日に至っております。